金沢出身で日本野鳥の会創設者の中西悟堂が、長崎県佐世保市生まれで金沢では暮らしたことがないとの推察を、金沢ふるさと偉人館の増山仁学芸員が6日までにまとめた。悟堂の実父がしたためた手紙などを調査して結論付けた。出生については悟堂自身も著書で「よく分からない」としており、研究結果は今月発行の「金沢文化振興財団研究紀要」に発表される。
1895(明治28)年11月生まれの悟堂は1歳の時、軍人だった父冨男と死別し、伯父元治郎の養子となり東京で育った。加賀藩前田家の直臣(じきしん)だった祖父益(ますます)と祖母が親代わりとなり、加賀藩士族として厳しく教育した。母タイは長崎出身という記録しか残っていない。
増山氏は、悟堂が「愛鳥自伝」に「私の生まれたのは石川県金沢市の長町です」と記した一方、その後の著書「野鳥開眼」では「実際のところは、よく分からない」と付け加えていることに疑問を持って調べ始めた。